東京地方裁判所 昭和41年(ワ)9436号 判決 1975年3月12日
原告 谷口富美夫
被告 株式会社本田工務店
主文
1 本件訴を却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実および理由
一 本件訴訟の概要は、
(一) 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金一一万六〇六〇円およびこれに対する昭和四一年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言
(二) 請求の原因の要旨
1 原告は、昭和三九年六月二六日、被告に対し、木造瓦葺二階建建物の増改築等の工事を代金三九万五八五〇円で注文し、被告はこれを請負つた。
2 被告は、同年九月一〇日ころ、右工事を完成したと称してこれを原告に引き渡したが、水道、排水、汚物タンクおよび屋根の工事が不完全なため、原告は、それらの補修等の工事をし、その費用として金一一万六〇六〇円を支出した。
3 よつて、原告は、被告に対し、金一一万六〇六〇円およびこれに対する本件支払命令送達の日の翌日である昭和四一年九月二一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(三) 抗弁に対する認否の要旨
1 抗弁1のうち原告が被告から昭和三九年九月一〇日ころ本件工事にかかる建物の引渡しを受けたことは認める。
2 抗弁2は争う
(四) 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
(五) 請求の原因に対する認否の要旨
請求の原因1の事実および2のうち被告が昭和三九年九月一〇日ころ本件工事を完成して右工事にかかる建物を原告に引き渡したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(六) 抗弁の要旨
1 汚物タンクおよび屋根の不完全な工事は、被告の責めに帰すべき事由に基づくものではない。
2 被告は、昭和三九年九月一〇日、本件工事にかかる建物を原告に引き渡したから、本件瑕疵担保責任は昭和四〇年九月一〇日をもつて消滅している。
というものである。
二 そして、本件訴訟の審理の経過は、おおよそ次のとおりである。
(一) 原告は、昭和四一年七月一九日、被告を相手取つて、豊島簡易裁判所に対し、被告の資格証明を添えて本件損害賠償金の支払命令を申し立て、右申立は同裁判所同年(ロ)第八三八号損害賠償督促事件として受理された。ちなみに、右申立書には、被告の住所としてその肩書の最後の住所が表示されている。
(二) 同裁判所は、同年九月一七日、右事件について支払命令を発した。
(三) 右支払命令正本は、同月二〇日、被告に送達された。ただし、郵便送達報告書には送達の場所の記載がない。
(四) 被告は、同月二八日、同裁判所に対し、右支払命令に対する異議の申立をした。
(五) 右異議の申立により、右異議のある請求は、東京地方裁判所に訴の提起があつたものとみなされ、同裁判所同年(ワ)第九四三六号損害賠償請求事件として立件された。
(六) 原告は、同年一〇月二四日、当裁判所に対し、訴状に代る準備書面を提出するとともに弁護士成毛由和を訴訟代理人と定め、本件訴訟の追行を委任した。
(七) 第一回口頭弁論期日は同年一二月一日午前一〇時と指定され、右準備書面および右期日の呼出状が同年一一月二日被告に送達され、被告は即日弁護士高島謙一を訴訟代理人と定めて本件訴訟の追行を委任した。
(八) 右期日は原告の申立により延期されたが、昭和四二年一月二〇日午前一〇時の第二回口頭弁論期日から同年一一月一三日午後一時の第九回口頭弁論期日までは、途中四回ほど期日が延期されたもののほぼ順調に進行していた。
(九) 右第九回口頭弁論期日において、原告申請の原告本人と被告申請の被告代表者が採用され、その証拠調べは昭和四三年一月二〇日午後二時と指定されて原・被告各訴訟代理人はそれぞれの同行を約束したが、右証拠調指定期日に原告本人、被告代表者とも出頭しなかつたので、その証拠調べは改めて同年六月一八日午前一一時と指定された。しかし、右証拠調指定期日にも右両名は出頭しなかつた。
(一〇) 被告訴訟代理人高島謙一は辞任し、同月一七日当裁判所にその届出がなされた。
(一一) 同年七月一一日午前一二時三〇分の第一二回口頭弁論期日の被告代表者に対する呼出状は、被告の肩書の最後の住所に宛て発送されたが、転居先不明で不送達となり、同年八月八日午前一〇時の第一三回口頭弁論期日の被告代表者に対する呼出状も同様であつた。
(一二) そこで、当裁判所は、被告の正当な住所について原告訴訟代理人から上申書が提出されることを期待して、第一四回口頭弁論期日は追つてと指定された。
(一三) 当裁判所の係裁判所書記官らは、その後度々原告訴訟代理人に対して被告の正当な住所を明らかにするよううながしたが、原告訴訟代理人はそれに応ずる何らの措置もとらなかつた。
(一四) 当裁判所の係裁判所書記官大久保智男は、昭和五〇年一月、原告訴訟代理人に対し、電話で、被告の正当な住所の表示方ないし公示送達の申立を督促したところ、これに対し、原告訴訟代理人は近日中に本件訴を取り下げる旨明言したが、同年二月四日まで訴の取下書を提出しないばかりか、被告の正当な住所を明らかにせず、公示送達の申立もしなかつた。
(一五) ここに至つて、当裁判所は、同月五日、命令到達の日から一〇日以内に被告の正当な住所を記載した書面を提出することを命ずる補正命令を出し、右補正命令は同月一二日原告訴訟代理人に送達されたが、原告訴訟代理人は右補正期間内に右書面を提出しない。
三 公示送達の要件が具備している場合には、裁判所は、訴訟の遅滞を避けるため必要があると認めるときは、当事者からの申立がないときでも職権で公示送達をなすことを裁判所書記官に命ずることができ(民訴法一七八条二項一項)、訴提起後判決前に原告の住居所その他送達すべき場所が不明となり原告に対し期日の呼出状を送達できないような場合には、裁判所は、右規定により裁判所書記官をして原告に対し期日呼出状の公示送達をなさしめ、訴訟を進行させることができる。これに対し、被告に訴状が送達された後判決前に被告の住居所その他送達すべき場所が不明となり被告に対し期日の呼出状を送達できない場合には、右と同様に解することはできない。けだし、原告に対して期日の呼出状を送達できない場合でも、被告としては口頭弁論期日が開かれない限りいわゆる休止満了による訴の取下の擬制(民訴法二三八条)も判決を受けることもできず訴訟から離脱するすべがないから、訴訟が進行されることは望むところでこそあれ不利益になることはないが、被告に対して期日の呼出状を送達できない場合には、原告としてはそのまま訴を取り下げるか訴訟を追行して判決を得るかを選択することができるから、訴訟が進行されることは不利益であることもありうるのである。そして、原則として訴訟について原告は能動的立場、被告は受動的立場にあるから、被告が訴訟の進行について自己のなしうることに消極的な行動をしたとしても無理からぬことともいえるが、原告がそれについて拱手傍観することは許すべきではない。しかも、例えば、訴訟の途中で当事者の住居表示の変更があつたような当事者にほとんど責任がない事由でも期日の呼出状などが不送達になることもありうるのであるから、裁判所はみだりに職権で公示送達をなすことを裁判所書記官に命ずべきではない。このように考えると、被告に訴状が送達された後判決前に被告に期日の呼出状を送達できない場合には、裁判所は、原告に対し、被告の正当な住居所の補正を命じ、被告の住居所その他送達すべき場所が不明の場合には原告の申立をまつて公示送達をなすべく、他方、原告が右補正命令に従わないときは、民訴法二〇二条を準用して口頭弁論を経ないで判決で訴を却下することができると解すべきところ、原告訴訟代理人は前記の如き経過の後に出された当裁判所の前記補正命令にも応じようとしないのであるから、本件訴は口頭弁論を経ずして判決をもつて却下するのが相当である。
よつて、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 並木茂)